2003.10.1号
Vol. 4 外食チェーン同士の訴訟事件と過去の類似事件

最近は新業態の開発ラッシュが続いておりますが、その中で、トラブルも出て
おります。つい最近、三光マーケティングフーズさんが、モンテローザさんの
「月の宴」が自社の「月の雫」の模倣だと訴えた事件です。

http://news.braina.com/2003/0905/judge_20030905_001____.html
以前は真似をしても、「あの会社はすぐに真似をして、気に入らないな」で済
んでいたのですが、売上競争の激化の中で、権利意識の芽生えた最近では訴訟
問題となるようになりました。

古い話で忘れていたのですが、先日、クレーム処理の執筆の依頼があり、私の
古い記憶をたどってみました。

30年以上前の経験ですが、参考までにちょっとご紹介しましょう。

  マクドナルド時代の商標裁判の判例はネットで見ることが出来ます。
 http://www.edu.otaru-uc.ac.jp/~nagatuka/seminar/cases/mcdonald's.html

マクドナルドに入社した1973年の春頃のことです。当時はまだ入社したてのア
シスタントマネージャーでした。カウンターで接客をしていた際にお客様から
クレームがありました。「お前の店のハンバーガーを食べたらカビが生えてい
た。どうしてくれるんだ」というものでした。これは大変だと応対した私は、
「申し訳ありません、どんな状態でしたか?」とびくびくしながらも丁寧に聞
きました。そのお客様は商品を示しながら「こんなにカビが生えていてひどい
じゃないか」と言います。よく見てみると確かにカビがびっしり生えています。
しかし、ほっとしました。マクドナルドのハンバーガーではなかったからです。
それはマクドナルドそっくりのロゴマークと、マックバーガーという名称で、
知らない人が見たらマクドナルドと間違えてしまうような物でした。

 ロゴマークの画像は
 http://t4tomita.lolipop.jp/pnb/pnb05.html

そこで、何処でお買い求めになったのですかと聞いたら、「子供が近所の自動
販売機で買った」と言います。そこで、お客様に「それは当社の製品ではあり
ません、マクドナルドでは自動販売機でハンバーガーを売っていません」と説
明しました。それでお客様は納得して帰って、一件落着したのです。

私は「なんて馬鹿な客なんだ。マクドナルドが自動販売機で売っているわけは
ないだろう」と言う気持ちで事件を軽く考え、お客様の名前、住所、購入した
場所の正確な住所を聞いて記録しておくことを忘れていました。

クレーム処理の鉄則、記録をしっかり残すと言うことを忘れていたのです。
まだ経験の浅い私は、後でそれがどんな大事件を引き起こすか想像もしてい
ませんでした。

当時の日本はまだ後進国でブランドを尊重するという意識はありませんから、
米国などの先進国を訪問して格好の良い商品のブランドや店名を日本で使用す
ることを平気で行っていました。

単に使用するだけなら良いのですが、商標まで登録するから問題は更に深刻
でした。当時、マクドナルドが日本で商標登録を行う前にマックバーガーと
いう商品名とロゴマーク(マクドナルドのMマークにそっくりな形)の商標
登録を行っていたのがマルシンというハンバーグを製造する会社でした。そ
の名称を元に冷蔵したハンバーガーを自動販売機で販売するというなかなか
斬新なアイディアだったのです。

当時はマクドナルドも新規開店で忙しかったからそんなハンバーガーが販売
されていることなんか気にもしていませんでした。また、そのメーカーも自
動販売機のビジネスは成功せず、だんだん縮小していきました。

しかし、商標登録とロゴマークは有効であり、日本進出後数年したマクドナ
ルドも、段々その問題が気になってきました。米国マクドナルドの故クロッ
ク会長(当時)が常々言っている言葉に「マクドナルドの最大の財産はMマ
ークだ」があります。つまりブランドが一番重要だという事なのです。

アメリカの子供が一番最初に覚えるアルファベットはMだと言われているく
らい、マクドナルドの燦然と輝くゴールデンアーチ(黄色のMマークを意味
する)は世界中の子供から老人まで浸透しているのはこのブランドを大事に
した成果だと言われています。

そういう会社ですから同じような誤解を引き起こす名称が登録されているこ
とは我慢ができずに、相手の登録商標の取り消しを訴えることになったのです。
しかし、商標登録は先願性ですから先方も違法性はないわけで簡単には納得せ
ず裁判になりました。

その結果、意外なことに東京地方裁判所の第一審ではマクドナルドが敗退する
結果を招いてしまい、社内で大問題となったしまいました。

その判決を翻すには、顧客が誤認をしているという事を立証しなくてはならな
くなったわけですが、そのころには自動販売機はほとんどなくなっており、数
年前の顧客のクレームを経験した社員を探し始めたのです。そこで名乗りを上
げた私は東京高等裁判所の控訴審で証人として出廷することになりました。
私は弁護士と打ち合わせをしましたが、驚いたことに弁護士はビジネスを知ら
ないと言うことでした。

また、当時の担当部署は総務部でしたが、何と法学部出身者はいなかったので
す。法律の知識のない社員とビジネスに疎い弁護士と言う最悪の組み合わせで
は一審の敗訴は当然の帰結だったのですね。

弁護士も裁判官も法曹の世界の中だけで、生きたビジネスの世界の経験はほと
んどない時代で、商標の誤認事件と言っても具体的にどのように立証しなけれ
ばいけないか、やり方がわからないのです。証人だけで立証しようと言うわけ
ですが、残念ながら証人になれる記憶を持っていたのは私だけであり、証人と
は別の証拠が必要になっていたのですが、どうやったら良いかわからないと言
う状態でした。

そこで、私はアンケート調査を提案しました。アンケート調査というのは信頼
性が難しく普通は専門家が行う必要があります。しかも、今回のアンケートの
手法はブランドの誤解を立証するわけであり、先入観念がないように調査をし
なければいけません。先方の商品を見せて「これは何処の商品ですか?」「販
売の会社はご存じですか?」という質問をマクドナルドとは全く関係のない人
間が行う必要があります。

この手法を非助成想起法と言うのです。この方法でマックバーガーの箱を見せ
て、ハンバーガーを販売している会社の名前を挙げてくださいと質問しても、
10%位の人しかマクドナルドの名前を言うことができません。

ところが助成想起といい、幾つかのチェーン名を言ってこの中で知っているハ
ンバーガーを上げてくださいと言うと、当時テレビコマーシャルを開始したば
かりのマクドナルドの名前を言ってくれる率は数倍に高まります。つまり、非
助成と、助成ではかなりデータが異なると言うことなのです。

つまり、やり方によっては簡単にこちらのほしい答を得ることができるので、
専門家がバイアスがかからないように調査をする必要があったのです。

しかし、今回はバイアスがかかった答、つまり、先方のハンバーガーや名前を
見てマクドナルドの製品と誤認するという答が必要だったのです。そこで、私
がアンケート調査の調査用紙を作成し、広告宣伝部の担当者に調査をさせるよ
うにしました。

結果は先方の商品を見てマクドナルドが製造した物、マクドナルドで販売して
いる商品だと誤認する人が大多数だったのです。このデータを元に証人として
東京高等裁判所に証人出廷することになりました。

私の証言は2つの内容をカバーしていました。店舗の時代にお客様から具体的
な混同のクレームがあったこと、次が、アンケート調査の作成担当者としてで
す。

初めて証人出廷する私は、不安でいっぱいでした。もし、先方の弁護士にアン
ケート調査の手法について細かい質問を浴びせられたら、証拠として採用され
ない可能性が大きかったからです。しかし、もう時間がないからその簡単なデ
ータで出廷することにしました。

私は法学部で、ゼミでは「私法」を取っており、担当教授には模擬裁判などで
ずいぶん鍛えられていましたが、裁判所で証人出廷をした経験がないのでもの
すごく緊張していました。裁判所というのは薄暗く陰気な印象ですからよけい
緊張させられます。

いよいよ証人台に立ち、私がアシスタントマネージャー時代に顧客から「マッ
クバーガーがカビを生えているというクレーム」を受けた経過とアンケート調
査の結果を証言しました。

次は先方の弁護士による反対尋問です。先方の弁護士は最初に、クレームを申
し出た人の氏名、住所を聞いてきました。私が知らなければ信憑性は大幅に低
くなるからです。

残念なことに当時はクレーム処理のマニュアルはないし、軽く考えていたので、
そんな記録は持っていなかったのです。しかし、ここで追求されて、しどろも
どろになると、信憑性がなくなるわけです。嘘もつけません。

そこで「大変残念なことに、記録していません。」と素直に応えました。先方
の弁護士は「こんな大事なことを何故記憶していないのですか」とだめ押しを
してきました。

私は「おっしゃるとおり、非常に残念です、こんな大事件になるのだったら記
憶しておけば出世できたのに、残念です」と素直に答えました。

この素直な予期しない答に、なんと裁判官を初め法廷中が腹を抱えて笑い出し
ました。爆笑は数分は続いていました。先方の弁護士も一緒に笑い出し、拍子
抜けをしてそのまま反対尋問が終了してしまいました。

実は、この証言で一番大事だったのは私の顧客クレームの証言ではなく、多く
の人が誤認をするという私が作成したアンケート調査のデータが採用されてし
まったという事なのです。

先方の弁護士は爆笑に包まれ、アンケート調査の信憑性については、質問をす
るタイミングを逃してしまったのでした。

この結果第2審の高等裁判所の判決は大勝利でした。その後この事件は最高裁
判所に行きましたが、最高裁判所の審理は事実の審判ではありませんから、こ
の時点で勝利が99%確定しました。

私の証言が採用されたことは判例で以下のように書かれています。

 (4)商品混同の有無
  被控訴人マルシンフーズが製造し被控訴人マック産業が自動販売機により
  販売する商品ハンバーガーを、控訴人の製造販売する商品ハンバーガーで
  あると誤認混同した者が現実に存在した事例があったこと、控訴人が、昭
  和53年2月、街頭アンケート調査をした結果、「マックバーガー」の称呼
  を聞き、あるいは第一目録(2)、(3)の各標章が附された容器を見た
  被調査者のうち、控訴人の商品ハンバーガーを想起した者の割合が大きい
  ことが判明したこと、が認められ、これらを左右するに足りる証拠はない。

この事例は商標関連の判例集に掲載されたほど有名な事件になり、日本におけ
る商標の保護に加速がつきました。

 マクドナルドの判例が与えた影響
 http://t4tomita.lolipop.jp/ip/bukken2.html

 模倣の模倣
 http://ensis.jura.niigata-u.ac.jp/~w-semi/mohou818.pdf

この裁判の勝利で上司に誉められると思ったら、上司は平然と「王君、君がク
レームを申し出た客の氏名、住所を正確に記録しておけば、裁判の勝利は薄氷
を渡るようなものではなく確実だったのだよ」と冷たく言われました。

それ以来、クレームなどの問題が発生するときちんと記録をするように心がけ
るようになったのは言うまでもありません。

大学の教授にも報告をしたら、その判例を読んで、「これ、負けていたかもし
れないよ。学生時代にあんまり勉強をしなかったから、これから勉強しなさい
ね」とみっちり説教をされてしまいました。

と言う古い話でしたが、裁判をすると専門家に任せがちですが、専門家は上記
のようにビジネスを知らない問題があり、店舗の運営関係者が勉強をし、法廷
で争う必要があるということなのです。

三光マーケティングフーズ、モンテローザの関係の社員の方は長く続く裁判大
変ですね。